桜が満開に近くなり、
コブシの枝のあいだから
淡いピンクの花が霞のように見えます。
コブシの花が咲くと
『なめとこ山の熊』の一場面を思い出します。
ある年の春はやくに
小十郎が犬を連れて白沢をのぼり
去年の小屋をさがしていたとき
二疋の母と子の熊を見つけます。
月光の中、
その二疋は向こうの谷を
しげしげと見つめています。
子熊が甘えるように
「どうしても雪だよ。」と言うのです。
母熊は雪ではないと言います。
山の斜面がそこだけ
銀の鎧のように光っているのでした。
「雪でなけぁ霜だねえ。きっとそうだ。」
と言う子熊に母熊は答えます。
「おかあさまはわかったよ。
あれねえ、ひきざくらの花。」
「なぁんだ、ひきざくらの花だい。
僕知ってるよ。」
「いいえ、お前はまだ見たことありません。」
「知ってるよ、僕この前とって来たもの。」
「いいえ、あれはひきざくらではありません。
お前とって来たの、きささげの花でしょう。」
「そうだろうか。」
この月光をあびて立っている親子に、
小十郎はもう胸がいっぱいになって
こっそり戻りはじめるのですが、
読んでいるこちらも同じきもちです。
人が額に手をあてて遠くを眺めるといった風に
月の光に雪のように光るコブシの木を
見つめる母子熊の会話。
『なめとこ山の熊』のなかのいちばん好きな場面です。ここに出てくる”ひきざくら”。
これはコブシのことで
東北の一部の地域でそう呼びます。
コブシは農作業開始の目安とされ
田打ち桜、田植え桜などとも言われるようです。
BOOKS144には
組み木絵で表現された
『なめとこ山の熊』の絵本があります。
木の自然な色合い、
木目が生かされた
独特の手法の大型絵本です。
『なめとこ山の熊』
宮沢賢治 作
中村道雄 絵
偕成社 発行
1986年第1刷発行
2007年第29刷
定価¥1400
BOOKS144販売価格¥800
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